時代に沿って、作曲家・作品を紹介します。
明治元年から約150年たった現在(2020~)に、地唄三味線の目線で、「歌いもの」の一つとして発達した地唄がどのように発展し、社会的に評価されてきた楽曲として残っているかを紹介します。明治以降の地唄箏曲の流れとしては大きく「明治新曲→新日本音楽→現代邦楽へ」と分けられます。
明治時代に入ると地唄中心の関西から箏曲中心の東京に移り、明治政府の西洋化政策も相まって、箏・三絃・尺八による三曲演奏もふえ、さらに三味線から離れた箏伴奏だけの明るい音調の明治新曲が生まれました。地歌は、伝承の時期へとなっていきます。
まずは明治新曲から作曲家者誕生順に並べて検証致します。
尚、*印はyoutubeチャンネルにて音源配信中です。
主に明治新曲
**明治時代(1868~1912)**
★古川瀧斎
(フルカワ ロウサイ)(1838~1908)
明治時代の地歌・箏曲(そうきょく)家。京都出身。
弟子の山口 巌(1869~1937)は「面影」の箏手付のほか、箏曲譜の校閲を行い、多数出版した。
〇作品~~「面影*」、「春重ね」
★山勢松韻
(ヤマセ ショウイン)(1845~1908)
幕末から明治期の山田流箏曲の第一人者。1990年に東京音楽学校(現、東京芸術大学)の新築開校式に「都の春」を作曲。91年に同校教授。
〇作品~~「都の春*」、「花の雲」、「朧月」、「松島八景」、「四季の友」、
★菊塚与市
(キクヅカ ヨイチ)(1846~1909)
江戸後期・明治期の地歌箏曲家。当時の箏曲界の推進役を務めた。
〇作品~~「明治松竹梅*」、「厳上の松」、「三つの景色」
★高野茂
(タカノ シゲル)(1847~1927)
九州系の地歌箏曲家。熊本出身で、明治17年ごろ東京にでて華族女学校で箏曲をおしえる。また国風音楽会を組織して箏曲の普及につくした。
〇作品~~「大内山」、「水は器」
★菊末勾当
(キクスエ コウトウ)(1852~1892)
大阪で活躍した地歌箏曲家。
〇作品~~「嵯峨の秋*」
★山登万和
(ヤマト マンワ)(1853~1903)
東京出身で、2代目山勢検校慶風一に入門、次いで初代山登松和一に箏曲を学んだ。
美声で世に出た。皇后陛下に召されて秘曲を演奏、賞をもらい、本郷天神町に住んでいたので“天神町の山登”といわれた。
〇作品~~「松上の鶴*」「近江八景」「須磨の嵐」「菊水」
★松阪春栄
(マツザカ ハルエ)(1854~1920)
明治-大正時代の地歌・箏曲家。 安政元年生まれ。 京都で活躍する。明治28年ごろ,2代吉沢検校の古今組のうち「春の曲」以下四季4曲に手事(てごと)および替手(かえで)を補作し流行させた。
〇作品~~「楓の花*」、「墨絵の芦」、「秋の言葉・替手」
★寺島花野
(テラシマ ハナノ)(1855~1920)
明治-大正時代の地歌箏曲家、胡弓奏者。名古屋盲唖学校教員、国風音楽会会長などをつとめる。
〇作品~~「新高砂*」
★西山徳茂一
(にしやまとくもいち)(1857~1898)
明治時代の地歌箏曲家。岡山出身。抜群の記憶力で野川流三味線の本手(ほんて)をわずか3ヵ月で習得し、三弦の名手として知られる。
〇作品~~「秋の言葉*」、「松の寿・箏手付」
★楯山登
(タテヤマ ノボル)(1876~1926)
明治-大正時代の地歌箏曲家。大阪出身。 明治新曲の代表者で、左手で和音式伴奏を行う〈ツルシャン物〉の作曲で有名になり、以後ツルシャン物は全国的に流行する。
〇作品~~「金剛石」、「時鳥の曲*」「水は器」
★菊原琴治
(キクハラ コトジ)(1878~1944)
明治-昭和時代前期の地歌箏曲(そうきょく)家。大阪出身。菊原初子の父。関西箏曲界で菊筋の代表者として、昭和前期まで活躍。大阪市立盲啞学校教員、当道音楽会本部長などを歴任。昭和11年箏曲音楽学校を創立した。
〇作品~~「摘草*」、「雲の峰」、「最中の月」、「銀世界*」、 「秋風の辞*」
作品の「秋風の辞*」は1941年作曲で新日本音楽と考えられる。
新日本音楽
★宮城道雄
(ミヤギ ミチオ)(1894~1956)
日本の作曲家・箏曲家である。兵庫県神戸市生まれ。十七絃の開発者としても知られる。
西洋音楽の要素を邦楽に導入することによって、新しい音楽世界を開拓し続けた。
後にそれは「新日本音楽」運動と称されるようになり現代邦楽発展のための起爆剤となった。代表的な楽曲を作曲順に紹介する。
〇作品~~「水の変態」、「唐砧」、「春の夜*」、「笛の音*」、
「紅薔薇」、「落葉の踊*」、「こすもす*」、「せきれい*」、
「瀬音」、「谷間の水車」、「比良*」、「春の訪れ」、
「夜の大工さん」、「越天楽変奏曲」、「縁*」、「稲搗けば」
「雲のあなたへ」、赤い牛の子」、「秋の草」、「高麗の春*」、
「水三題*」、「御代の祝*」、「手事」、「さらし風手事」、 「中空砧」、「日蓮」、「春の腑」、「ロンドンの夜の雨」、
等々、作曲は350曲をこえ、業績は器楽曲・手事物曲・歌曲・童曲・古典曲の手付・大合奏曲と多角的。
箏曲の伝統に深くねざしつつ、洋楽的要素をとりいれた新しい日本の音楽を創造した。
★萩原正吟
(ハギワラ セイギン)(1900~1977)
昭和時代の地歌箏曲家。京都出身。女流として京都地唄、箏曲界に重きをなした。
〇作品~~「萩の曲」、「井筒*」、
★久本玄智
(ヒサモト ゲンチ)(1903~1976)
島根県生まれの作曲家、ピアノ演奏家、山田流箏曲家である。上京して、活躍する。山田流で宮城道雄の新日本音楽運動を実践、洋楽器との協奏作品、多編成の箏の合奏曲「飛躍」などを作った。
〇作品~~「飛躍」、「夜の歌*」、「春興*」「虫の楽*」、「秋の夕」 「春の宵*」「春の恵」「三段の調*」「輝く陽」「祝典三重奏曲」
★筑紫歌都子
(チクシ カツコ)(1904~1984)
大正・昭和期の筝曲家 箏曲筑紫会宗家。出生地山口県都濃郡鹿野 18歳で琴の作曲活動を始め、昭和24年琴の会「筑紫会」を創立。大日本家庭音楽会の楽譜発行に貢献。
〇作品~~「月光幻想曲*」、「落葉する頃*」、「流れ*」、「幻の 柱」、「菅公」、「高原の腑」、「春の曲・三絃手付*」、
「秋風の歌*」、
現代邦楽
★中能島欣一
(ナカノシマ キンイチ)(1904~1984)
山田流箏曲家・作曲家。山田流箏曲中能島家の4代目。東京生まれ。重要無形文化財保持者に各個認定されている(人間国宝)。生涯を通じ楽曲構造のマンネリ化した古典箏曲の改革を試み、西洋音楽に強く感化された現代邦楽の作曲家として優れた作品を多く残した。三絃の器楽的演奏では、他の追随をゆるさなかった。また、それまでの創作邦楽とは異なる傾向の新感覚の作品を発表した。
〇作品~~「三つの断章」、「さらし幻想曲*」「「千鳥の曲を主題とせる三絃曲」」、「盤渉調」
等々、宮城道雄と対比して、宮城が抒情的・旋律的であるのに対して、中能島は理性的・リズム的であるなどいわれるが、いわゆる新日本音楽運動から脱却し前進した現代邦楽といわれる前衛的作曲の先駆者的存在といえる。
**大正時代(1912~1926)**
★杵屋正邦
(キネヤ セイホウ)(1914~1996)
昭和~平成時代の長唄三味線方、邦楽出身作曲家。東京出身。父初代杵屋正四郎に師事し、昭和9年父の死により2代杵屋正四郎を襲名。早くから父の正四郎に三味線を習い、大正9年父の死で2代目正四郎を襲名。一方、乗松明広に作曲法を学んでから洋楽音階を採り入れた曲を作り、長唄界に革新的気風を吹き込み、邦楽出身作曲家としての可能性を追求した。昭和18年正邦と改名、新邦楽を志向した。30年以降は作曲に専念し、現代邦楽作曲家連盟委員長などをつとめた。
〇作品~~「去来*」、「明鏡*」、「野鳥三態」、「風動」、「綺羅」
★長澤勝俊
(ナガサワ カツトシ)(1923~2008)
東京出身、日本の作曲家。1964年、現代邦楽の演奏団体である日本音楽集団が設立された際、創設メンバーの一人となった。
〇作品~~「春三題」、「萌春」「二つの田園詩」、
★唯是震一
(ユイゼ シンイチ)(1923~2015)
日本の邦楽作曲家、筝曲家(生田流)。北海道出身で父親は尺八奏者、母親は筝曲家、妻は筝曲家・正派邦楽会家元の中島靖子。
〇作品~~「神仙調舞曲」、「秋霖*」、「信楽理」、「雪人形*」、「酒歌*」、
**昭和時代(1926~1989)**
以下、昭和以降の生まれの作曲家・邦楽出身の作曲家となります。1945年の終戦から現在2022年(終戦77年)ですから、現代邦楽は約50年の流れということになります。
その中で、地唄三味線は独奏曲及び合奏曲の一パートとしての作品が多いように思われます。
昭和生まれの作曲家については後日、加筆する予定です。
**平成時代(1989~2019)**
**令和時代(2019~)**